編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子
        編集:岩田忠利      NO.149 2014.8.07 掲載    

画像はクリックし拡大してご覧ください。

歴史

    矢上川

                                                 

   沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』の好評連載“復刻版”


   掲載記事:昭和60年2月1日発行本誌No.26 号名「榊」
   執筆・撮影 :一色隆徳
(祐天寺・大学生)  絵:杉村みゆき(妙蓮寺・大学生) 


 横浜市内では最大、東横沿線でも第2の規模を誇る河川・鶴見川。数多い、その支流の一つが矢上川だ。

 川崎市宮前区土橋に端を発し、東横線と日吉〜元住吉間で交差、鷹野大橋で鶴見川に注ぐ。終始、宅地を流れゆく都市河川である。



    細々と……上流部



 田園都市線・宮前平駅近く――道端の字溝が集まって川を成している。わずか1メートル足らずの、この溝が日吉付近の車窓風景での矢上川と同じ流れだなんて…‥。このページでとりあげた目黒川や鶴見川もそうだった。そして多摩川でさえ、同じなのだろう。

 考えてみたことがあるだろうか? 一滴の雫が、一筋の清水が(もっとも都市河川では下水であろうが)流れをなし、やがて海に注ぐ。途中、田畑を潤し、街を横切り、次第に川幅を増してゆく……。これが川″の姿であり、いわばロマン≠ネのだ。

 前置きが長くなってしまった。前述のように源流付近での矢上川は住宅街を細々と流れる。田園都市線・国道246号線をくぐり、国鉄の梶ヶ谷貨物ターミナルに至るあたりまで下ってきて、やっと川幅2、3メートルといったところ……。流れはしばし操車場の下に消え、向こう側に渡れば、ひとまわり広くなった矢上川が見える。

 第3京浜道をくぐり、五反田で有馬川を合わせる。その辺のU字溝を大きくしたようなコンクリートの河床を、ごく浅く流れる汚水。並行するバス通りには次から次へといろいろな車が流れ、対照的である。



源流付近(宮前区土橋)




浅い流れ(野川)



    矢上川は、味気ない



 そんな風景が続くうち、ようやく、沿線≠ニいえる地域へとさしかかる。元住吉・日吉エリア、町名でいえば久末・子母口・蟹ヶ谷・明津といった町々。周りを見れば、ありきたりの町並みがただ続くだけ。コンクリートで固められた護岸。水は汚く、魚など棲めるはずもなし。酷な言い方だが、自然のカケラも人情味も全く窺い知ることもできない。この川の印象を一言で表すならば、「味気ない」……。



昭和29年ころの井田堤(撮影:石野英夫)



写真左の井田あたり



 せめて両岸に並木なり花壇なりを作れば……と思うのだが、どうだろう。無論、沿道が狭いとか巨費を要するなどという問題があるのもわかるが、この乾いた風景を柔げるため、さらにはより良き生活環境をつくるという目的において、一考の余地があると思う。

 かつての矢上川の写真を見ると、両岸の土手道には桜並木が続き、見事だ。水もさ程には汚れていないのだろう。



綱島街道から東横線を望む(木月〜日吉)


渋川合流地点(日吉〜幸区矢上)


    下るほど自然が……



 井田あたりでは今も微かながら水田も見られ、林立する送電塔との対比が奇妙な面白さをかもしだしている。
 支流の江川が合流する。川幅の割に浅い水にはゴミが浮いていたり、自転車や古タイヤといった粗大ゴミが沈んでいたり……。直線的な護岸は単調な流れを維持し、日吉・木月で東横線をアンダークロス。

 川は両町の境界線であるだけでなく、同時に横浜(港北区)・川崎(中原区)市境でもある。続いてクロスする綱島街道の橋上に立ち、「どの辺が境界線かな?」などと考えてみたが、我ながらあまりに他愛ない。そういえば多摩川の丸子橋でも同じことをしたっけ……。

 『とうよこ沿線』編集室も、この街道筋に。橋から眺め、先に進もう。
 南岸には慶大工学部の森。北岸には建てこんではいるが静かな住宅街。時折の新幹線の通過が静粛を破る。

 日吉・矢上の町境に至ると源流以来の単調な流れが一変、南に直角に折れ、同時に渋川が合流する。流れは深く、狭く、蛇行し、堤内には土手が出現する。河口に近くなるほど自然が多く見られるというのも何だか妙だが、沿岸にはイチジクやネギなどの畑もあるし、犬を連れて土手を歩いているおばさんの影もけっこう絵になっている。

 ところどころの排水口から白い泡を伴い汚水が流入するさまには幻滅させられるが、ひどく鈍い色彩を放つ流れの中にも鯉が泳ぐのが見える。決して水質が良いというわけでなく、もう目前の鶴見川から遡上したのだろう。



土手が出現。雑草が茂る(矢上・日吉)



緩やかに下ってゆく(南加瀬・日吉)



    いつか海へ……



 歩足を緩め、枯草を踏んでゆく。どこにいたのか、雀の群れが飛びだして驚かされた。

 そうこうするうちに矢上川の終点は、いともあっけなく訪れた。水は緩やかに鶴見川に流れこみ、遠く東京湾まで下ってゆくだろう。



       鶴見川に注ぎ、矢上川の終着地
(川崎市幸区南加瀬、横浜市港北区日吉・鶴見区駒岡の市・区境)



 
往時の矢上川アルバム



昭和25年の夏、現在の矢上川・西ケア橋

 
フンドシ姿、澄んだ水、波高く速く流れる川面…目に焼きついている少年時代の矢上川の光景です。
 提供:森昇さん(高津区久末)




作家・山口瞳のデビュー作「江分利満氏の優雅な生活」に登場の井田堤の桜

 昭和32年4月、橋本禎二(井田中ノ町)撮影



昭和24年4月、お花見する日吉の女の子
撮影:佐相政雄(日吉本町)





「とうよこ沿線」TOPに戻る 次ページへ
「目次」に戻る