編集支援:阿部匡宏
編集:岩田忠利       NO.125 2014.7.25 掲載 

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歴史
 東横線の中間地点

    元住吉編    
                                                

   沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』の好評連載“復刻版”


   掲載記事:昭和57年10月1日発行NO.13&昭和57年1月1日発行NO.14 
   執筆:前川正男
(都立大・郷土史家)  絵:斎藤善貴(尾山台) 

  車窓点描

 「武蔵小杉」を過ぎると、線路の東側は工場群となり、逆に西側が繁華街となる。線路の右側はアパート群である。元住吉に東急の車庫と整備工場があったために、この駅からは毎朝始発電車がつぎつぎと発車する。そのためと、東京からあまり遠くなく、閑静なところであったことで、アパートが林立した。

 ここの西口商店街は一種独特の雰囲気があり、物価が安い、と住人によろこばれている。
 東口商店街は線路の南側から綱島街道の両端にまで延びており、西口とは全く違ったムードである。
 以前ここにボウリング場があり、あまり待たなくて練習できたのでよく通ったものだった。いまは宮田家具店になり、同店28店舗の一つになっているが、そのボウリング場のおかけで、私はボウリングがとてもうまくなった。(ウソだと思う人は、私が大きな優勝カップを持って、千代の富士の兄貴のような顔をして写っている写真額をわが家へ見にきて下さい)。
 そう、相撲といえば、その家具店の前、綱島街道の向かい側のカニ料理店「和助」は、千代の富士のライバル・横綱北の湖の奥さんの実家である。


   繁盛する元住吉西口商店街


 
この駅の改札口は地下にあるが、踏切は昔のままである。朝晩のピーク時には、近隣のアパート群からおびただしい人波が踏切の遮断機の両側に雲集し、開かずの踏切≠ヘ大変な混雑だった。そこで東急は、改札口を地下に移し、遮断機に関係なく入場できるようにした。これによって、気短かな人は階段を降りて昇れば線路の向かい側にも渡れることになり、成人病の予防にもなった。
 

 西側に出ると、ほぼ直線に並ぶ元住吉西口商店街。この商店街は前述のように安いのと、品揃えが豊富なことで定評があり、恒例の十月祭≠ヘ有名である。昨年は「とうよこ沿線編集室」も渋谷酒店ビルの一画を借り、初めての移動編集室≠開いた。楠本憲吉、井崎一夫、畑田国男、越村信三郎(元横浜国大学長)、佐々木直美、地元の歌手・久保幸江などが出席、サイン会やカラオケ大会、住民意識調査などを行なって、終日街はお祭気分で賑わった。

 お祭というとすぐおみこし≠ニ直結しがちだが、この商店街は地元の法政大学と連携しているので、清新さを醸生していた。ほかの商店街も、自分たちが祭に酔う前に、日頃の街の顧客を祭に招待するというこの商店街の姿勢を見習うべきだろう。


西口商店街に特設の「とうよこ沿線移動編集室」ステージ 

 この商店街の背後には大会社の大きな社宅が群峰している。新日鉄、日立、日石、三菱自工、日本鋼管、全日空、山下新日本汽船、協和銀行、住友銀行、明治生命、日本生命、東急など、いずれも鉄筋の大きなもの。これらの大世帯群と駅とを一筋に結ぶこの商店街は、まことに恵まれている。

   飲んべえと元住吉


 
元住吉で一番有名なのは車庫≠ナある。第2次大戦前後、いまだ街に酒類がある頃、元住吉行最終電車で寝すごした人は電車が車庫に入るからと、ここで下ろされる。酔客は、駅員の誘導で駅近くの旅館に案内された。二、三度繰返すと、客も利口になり、「どうせ泊るなら綱島にしよう」と考えるようになる。当時綱島には、温泉マークが多く(日本の温泉マークの元祖)、キレイドコロもおり、朝まで懇切丁寧なサービスをしてくれた。当時の元住吉のうらぶれた商人宿にくらべたら、天国と地獄≠ナある。そこで飲んべえは綱島に泊まり、「夕べは元住吉に泊まった」と女房に報告するようになった。当時の綱島の繁栄は、元住吉車庫に負うところ甚大であったといえると思う。この話は、今は亡きわが親父の告白であった。


   東横線のATC装置と新型8000型


 
元住吉駅の日吉寄りに、東横線の電車の大きな検車区がある。そこの区長・嵯峨野氏にいろいろお話を伺い、たくさん停まっている電車へ、私もヘルメットをかぶって乗り込んだ。いつもホームから乗っている電車も、線路の砂利の上から乗り降りすると、その高さにまず驚く。さっそく質問をする。
 「たった一人の運転手が急に脳卒中を起こしたら、大勢のお客様の運命は?」


 「運転台の操作レバーには、しつかり握っていなければ、電車はすぐ止まるような装置がしてあります。運転手が急に心筋硬塞になったり、居眠りをしたりして、レバーの握り方が弱くなると、自動的にすぐブレーキがかかって、止まるようになっています。また信号が黄色なのに電車が高速度で進むと、運転室で大きなブザーが鳴り、運転手に注意をする。と同時に自動的に規定速度に減速するようにブレーキがかかります。赤信号を通過すると、自動的に電車は停止します。これがATC装置≠ナす。

 奥沢の司令所では、各電車の走行位置が標示されておりますし、各電車と無線電話が通じています。ブレーキはエアーで作動しますから、エアーの圧力が規定以上にならないと、運転レバーは作動しませんので発車しません。


 まあ、電車に何か異常があったら、即刻、自動的にブレーキがかかって停止するようにできていますから、乗客は安全だというわけです」

  熟年の私でも命はほしい。このお話でホッとした。あしたから、また東横線で居眠りができる。

 「一番新しい八〇〇〇型の省エネ車≠ニいうのは、どんな電車ですか?
 「いろんな点ですべての改良を重ねてあります。例えば、まず軽量化。車体だけで約2トンの軽量化。つぎに独特の車体の赤線もビニール。塗り直しのとき、前の赤い塗料をはがすのがひと仕事だったのですが、これは赤のビニテープですから、はがすのも簡単。そのほか、専門的に数限りない改良を加えてあるのです……」



 区長さんの口から改良メカニズムの話がボンボン。ここには書かないので興味のある方は私までどうぞ!



東横線の電車は一日に一度元住吉検車区でお休み、体調を整える


  夢の「荷物電車」


 
嵯峨野区長さんの話はどれも興味深く、楽しい。荷物電車の話も面白かった。
 私は、荷物電車は荷物のある駅を回って走っているものと思って
いたが、実はそうではなかった。毎日規則正しく、定まったコースを、定刻に走っているのだそうだ。


 元住
吉駅を朝の9時22分に発車し、渋谷へ10時8分に到着。9分後に発車する。中をのぞいて見ると、いくらも荷物がなく、運転手はのんぴり朝刊を読んでいた。いいムードである。
 つぎに日吉で折返し、田園調布で目蒲線に入り目黒に。3分後発車、蒲田へ。そして池上線を進行、雪が谷大塚へ1212分に着き、運転手さんが昼食。のち五反田→蒲田→大岡山→二子玉川園→大岡山→田園調布→元住吉へ1522分に帰る。

 はい、ご苦労サマ。私もこんな夢のような電車に乗ってみたくなった。


   あの「人形劇団ひとみ座」訪問


 
夕闇がうっすらと矢上川の川面を包みはじめる頃。岩田編集長の車は綱島街道から入り、川の上流に向かって川端の小道を走っていた。
  しばらくして道の左手に4階の建物。近づくと、「人形劇団ひとみ座」と書いてあるトラックやワゴンが駐車している。ここがあの、全国のチビッ子を魅了した番組「ひょっこりひょうたん島」を演じた劇団の本拠地だったのだ。

  車庫の裏手は大きな倉庫のようで、使った人形や背景がところ狭しと積んである。そしてわずかな隙間が稽古舞台らしく、大勢の若者が人形や猿や鳥を捧げて待機している。近く九州一円に巡業にゆく「オズの魔法使い」の舞台稽古のスタート寸前に、われわれは運よく入っていったのだった。

ジーパン姿の若い監督さんが皆を待たせて話してくれた。
 「10月の芸術祭にギリシャ神話オルフェを出す準備をしてます。また明日は、松山善三先生演出の赤い椿の物語Lの最後の仕上げに、先生が来ます」

 そこに、白髪小柄の紳士が漂然と。この劇団の代表者須田輪太郎氏である。
 「57名の劇団員は、半径5キロ以内に住んでおりますし、隣のマンションにも大勢住んでいますよ。そこには事務所やアトリエもあります。団員の平均年齢は31歳で、今年は35周年を迎えました」

 鎌倉、新丸子、そしてこの中原区井田に500坪の土地を求め、これだけの城を築くための苦労と執念は、かれの白髪と皺ににじみ出ている。



矢上川の端に建つ「ひとみ座」本部と団員が住む4階建てマンション
 やがて、練習がはじまった。その動きの激しいこと、スピードもすさまじい。私は、人形劇というものは、文楽のようなものを想像していたので、まったく予想を裏切られた。テレビの劇画を好むナウな子どもたちを感動の渦に巻き込むには、これあるかなと思った。


子供を魅了した「ひょっこりひょうたん島」の“名優たち”
 帰りに貰った「赤い椿の物語」のパンフの中で、松山氏も「自分は、この人形劇を見て驚いた。と同時に創作意欲を強く刺激された。人形はいかなる誇張も、いかなるスピードも実現してくれる・・・」と書いているが、私もそう実感。アニメ漫画と同じく、夢と想像が現実をはるかに凌駕している。原作者の、演出家の心をそのまま舞台の上に現出できるのは、人形劇以外にはないとさえ思った。

 きょうは、なんという幸運の宵であったことだろう。この世の中に、夢、理想、未来、稲妻のようなスピード、ジェット機のような音響、地下から空中、超高空までが、五彩のライトの光芒の中を去来する。とても人間の役者の及ぶところではない。顔の表情では俳優に劣る、あとはすべて人形の勝利である。

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