編集支援:阿部匡宏/ロゴ:配野美矢子
編集:岩田忠利      NO.245 2014.9.24  掲載 

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   楽しい町、田園調布


       女優・高峰三枝子


  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載の“復刻版”


   掲載記事:昭和57年1月1日発行本誌No.9 号名「梅」

   



       
     土地との出合い


 袖触れあうも他生の縁≠ニいいますが、私たちが或る土地に住みつくというのも、ご縁の問題だと思うのです。
 私の家は以前、渋谷の南平台、いまの秀和レジデンスのところにありました。敷地は500坪ほど。そこを売ってどこかへ引っ越したい、と思っていた矢先のことでした。たまたま田園調布でロケーションがあって、駐在所を衣装の着替えに利用させていただいたのです。その時駐在さんの奥さんが、
 「あそこの篠原さんの空地、お売りになるかも知れませんよ」
 まさかと思っていたら、篠原さんの若奥さんが偶然お買物にお出かけのところでお目にかかりました。
 「アラ、高峰さん! そんなら主人と相談してお譲りしてもいいですワ」
 とおっしゃるではありませんか。あんないい場所が、即、決まってしまったのです。
 不思議なものですね。あの土地は、私が住むべくご縁があったんだろう、と今つくづく思い知らされます。

 土地というのは、どうしても欲しいと思っても手に入るものではないですね。やはり、ご縁なんでしょう。


       
     わが家の“珍客”


 
田園調布は、じつに自然に恵まれた、いい所です。すぐ近くに多摩川、その川岸に沿って多摩川台の丘陵、丘と丘との間には池のある宝来公園やテニスコート、プールや駅などがあって、自然と人工とがうまく溶けあい、調和のある素晴らしい環境となっています。
 緑がいっぱいだから空気はいい。こんな緑と水の豊かな場所を求めて、烏がたくさん飛んできます。わが家にも大きな鳥がきますが、住みつくと困りますので、餌付けはしないのです。

 そういえば今年の6月2日のこと、わが家に珍客≠ェやってきたのです。1b80aもあるおーきな蛇、青大将――。そのお客様が台所のコンクリートの上に平然としているではありませんか。でも私は、それほど蛇が嫌いではない人間。見たとたん、なんだか「この蛇がこの家を守っていてくれている……」、そんな気がしたのです。
 私はあわててその蛇にお酒と生卵を用意してあげました。すると、そのまま2日間もわが家に泊まっていたのです。
 びっくりしたことに、それから1カ月後。また、ヘビ君が訪ねてきたのです。今度は小指ほどの20aぐらいの可愛らしい蛇。この時やはり、私の予感どおり、私はあの蛇に守られているんではないか、と思い込んでしまいました。
 それ以来あの蛇たちがご用聞きの方などにうっかり踏まれたりしないように、と心配したりもいたしました。

 ともかく、田園調布に蛇がいるなんて、珍しくもあり、本当に楽しいことではありませんか。



砧の東宝撮影所で映画「父と子」撮影の合間に

         
撮影:森 邦夫(日吉)


       
     どこにも楽しさがある町

 
田園調布はどこを歩いても楽しい。ただお家(うち)を見て歩くだけでも楽しい。
 暇なとき私は、ジョギングの格好で、速足で歩くのです。それも夕日が落ちかけた頃、住宅街をさんざん歩いてから、坂の多い多摩川辺りを一生懸命に登るのです。つぎに駅の南側へ出ておいしいコーヒーを飲んだりしてから田園コロシアムの方へ行く、これが私の散歩道。

 氏神・八幡様と浅間神社には、私は月始めに必ずお参りすることにしています。
 盆栽と草花が好きな私は、海外の仕事のときが一番気がかり。手入れが自分でできなくなってしまうからです。草花を買うのが楽しくて、駅前のみすず花園さんにはよく出かけて行きます。わが家のそばの八百屋さん、お肉屋さん、魚屋さんで買物をしますが、どのお店も品物は新鮮で、しかも親切だ、と家の者などが言っています。

 私は買物よりも食べ歩きが多いのです。自由が丘くらいは歩いて行きます。なかにはお店の名前を教えたくないほどおいしい店もあるのです。


       
  下町とはひと味違う近所付き合い

 
お隣は国立科学博物館長の福田繁さん、すぐそばに五木ひろしさん、その隣が石坂洋次郎先生、いろんな方々がいらっしゃいます。
 家の前に安達歯科医院があり、そこにテニスの名手でおられる有名な
90歳近いおじいさまがおられますが、釣りに行かれてはお魚をよく届けてくださいました。また、柿が採れたから、と言ってはいただきました。

 このような隣近所付き合いは、どこか下町とは違う密接なつながりを感じます。なにか暗黙のうちにもコミュニケーションがとれているというような良さですね。

 ここに住むと、軽井沢に持ち家があるのも忘れて、ついつい1年に1度も軽井沢に行かないこともあるのです。



イラストマップ:畑田国男

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