こちら、吉村模型鉄道館……
私たちのこの東横沿線に、すばらしい模型鉄道館≠ェあるのをご存じですか。
東横線妙蓮寺駅近くで、運送会社を経営されている吉村栄さん(55歳)。小さい頃の鉄道への憧れを、50年たった今も、変らぬ情熱で持ち続けている。
ご自分の100坪ほどの倉庫の2階に、手づくりの列車や電車を集め、月1回、鉄道マニアの大人や子どもに無料開放している。
じっさい、私も行ってみてビックリ。そこできょうは、この『吉村模型鉄道』を皆さんにご案内することにしよう。
|

運転前の点検は、念入りに…… |
|
|
発車、10分前……
7月27日(日曜日 午後1時30分)
「おじちゃん、これ……」日焼した子どもが説明係の久能木さんに何か手渡している。見ると、牛乳のフタで作った列車の模型のようなものが空箱に……。手紙も入っている。名前を聞けば、港北小3年、吉開健次クン。
「この子は熱心でね、先月は新聞に載せるんだなんて、カメラを持って取材したりね」
「おい! このまえの記事はどうした?」
「うん……。まだなんです」
「おじちゃん、お願いがあるんだ。発車のとき、この笛吹いてもいいですか?」
「おー、そうか」
こうして善意の心は、善意で返ってくる。大勢の子どもたちが囲む模型台の上には、レールや鉄橋がいっぱい。それらを直す2人の少年、小学5年の頃から欠かさず通っている近所の中学生だそうだ。昭和51年の開館以来通いつめの、鶴見工業高校の“鉄道狂”の学生もいる。
|

実物そっくりの生きた電車に目を輝かせて・・・
|
|

作業帽をかぶって線路で修理する吉村のオジちゃん
|
|
吉村模型鉄道の運転開始で〜す!
「たいへんお待たせしました。吉村模型鉄道の運転開始でーす」。会場いっぱいに響きわたる。
「この模型はすべて実物の40分の1の寸法。線路は内回り、外回り合わせて300b。車両はすべて、あそこで作業帽をかぶった吉村のおじちゃんが作ったもので、700両あります。30分に1回、外回り線にアメ玉を積んだ電車が走りますから、1個ずつ取って、なめながら見てください。それではこれから、発車しま〜す!」
「ピーッ……」、あの飛び入りの少年の笛。最初に、東横線のステンレスカーだ。実物そっくりの生きた電車=B子どもたちは目を輝かせ、大喝釆。親たちも思わず「ワァーツ」、大歓声が沸き上がる。
東横線の電車が久能木さん手作りの栄町駅や牧場、鉄橋を颯爽(さっそう)と走る。子どもたちの身近な電車を少しでも多く走らせようと、二人のおじさんは興奮し、顔は上気しているようだ。
こうして、きょう2回目の運転時間30分はあっという間に過ぎてしまった。子どもも大人も興奮さめやらぬ表情で、名残惜しそうに帰ってゆく。
|

「 大変お待たせしました〜! では、これから・・・」とマイクを握る久能木のオジちゃん
|
|
|
熱気冷めやらぬ館内
熱気だけが残る場内で、片付けをしながら二人のおじさんは、
「みんなが書いてくれた感想文をこうして読むのが楽しみでねえ」
と満面笑顔で用紙に眼をやる。子どもたちの喜びや感謝の気持ちが、素直に伝わってくるからだ。
「やっていてよかったなあ。死ぬまで頑張ろうな」。二人で喜びをかみしめる。
戦時中の列車から新幹線まで、汽車あり、電車あり、あらゆる車両がある。それだけではない。昭和17年から今日までの時刻表、桜木町〜妙蓮寺間13銭という切符や、妙蓮寺〜渋谷間1カ月9円60銭の定期券まで、鉄道ファンなら泣いて喜びそうなものが場内いっぱい。
それで入場無料。印刷代に1人前13円50銭もかかる記念入場券まで全員にあげるのである。
「子どもたちの純粋な心に触れ、喜ぶ姿を見ているだけで、しあわせです」
とおっしゃるお二人に、頭が下がる思いであった。
最後に一言……。「今の子どもは、自分の手でものを作ることを知らない。お金さえ出せば、何でも手に入る、そんな感じで……:。だから、すぐ値段を聞くんですよ。そんなとき、悲しいですね」。
大人にも耳の痛い、心に残る言葉であった。
こんなにすばらしいおじさんと、こんなに楽しい模型鉄道。皆さんも、一度見学に行ってみませんか。
|

電車の作り方まで親切に教える吉村のオジちゃん
|
|

棚には昔懐かしい沿線の電車がいっぱい。東横線の昔の電車
|
|
昭和51年の開館以来約8年間、多くの子供たちの心に鉄道への計り知れないたくさんの夢と希望を与えてきました。しかし、残念なことに館長・吉村栄さんが病魔に侵され、他界。余儀なく閉館となってしまいました。故人手づくりの模型300両などは、ご遺族が横浜市に寄贈されたとのことです。(岩田忠利)
|